浦潮だより:ウラジオ芸術村
令和7年9月25日


浦潮だより:ウラジオ芸術村
令和7年9月25日
知人からもらった絵はがきセットに、かつてウラジオストクの中国人街だった「ミリオンカ」が描かれていました。龍のイメージとともに、当時の街角を描き出す作風に強く興味を惹かれました。当地在住の女性画家リディア・コズミナさんの作品です。そこで、思い切ってお願いして、リディアさんのアトリエにお邪魔させて頂きました。ソ連時代、地元の芸術家達に無償で提供された部屋を、今もアトリエとして使っておられます。9階建ての最上階にあり、サイズの大きな作品も制作できるよう天井の高い構造でした。1つの階に3つのドアがあり、いずれも芸術家がアトリエとして使っているそうです。「ここはウラジオストクの芸術村ですね」と言うと、笑って頷いてくれました。
リディアさんの夫君も画家。ドイツや、日本、中国など多くの国を夫妻で訪問して活動してきました。コロナ禍まで、彼女は国際女性画展「世界の花」のメンバーとして、日本、ドイツ、サンクトペテルブルク、豪州での展示会に参加していたそうです。お話上手のリディアさん。伊豆で日本家屋に泊まった朝、障子を開いたら美しい庭が目の前に広がっていた時の感動を生き生きと語ってくれました。日本文学も大好きで、愛読書は三島由紀夫の「豊饒の海」だそうです。
特に印象深かったのは、名古屋の日本人シェフのお話でした。真冬の寒さの中、「今、あなたの家の前に来ている」というメッセージが唐突に入り、慌てて戸口に出てみると、「絵を買いたい。自分は金持ちではないから、これで買える絵を見せてほしい。」と言って、握りしめていたドル札を差し出したそうです。いくつかの作品を見せるうち、金色の魚の頭、胴体、尻尾を3分割して描いた作品が大変お気に入った様子。持参した現金ではそのうち1枚しか買えないので、とりあえず頭の絵を買って帰ったそうです。今でも時々、「尻尾の絵も必ず買いたい。まだ取り置いてくれていますか。」と確認の連絡が来ており、彼が尻尾の絵を買いに来る日を楽しみにしていると話していました。カタログを見ると、その尻尾の絵の背景にはウラジオストクの街が描かれています。いつの日か、この3部作がそろった名古屋の店を訪ねることができたら素敵だろうなと想像しています。
アトリエ訪問の後、ロシア人アニメ作家のノルシュテイン氏の講演を思い出しました。ソ連時代の「霧に包まれたハリネズミ」という作品で有名です。「ソ連では表現の制約はあったし批評も厳しかったが、作家が作りたい作品に予算を出してくれた。しかし今や、映画制作会社は収益のことしか考えておらず、余計な口出しをする。」と口を尖らせていました。「霧に包まれたハリネズミ」も、そんなソ連時代に生まれた心温まる子供向けのストーリー。日本で人気のチェブラーシュカとよく似た作風です。
国家と芸術については、キャンベラで観たゴーギャン展で深く考えさせられたことがあります。世界各地から集めた作品でゴーギャンの人生を辿る特別展でした。タヒチの伝統文化をこよなく愛した彼は、植民地支配の下で進む西洋化に反発し、フランス本国に抵抗しますが、そのために生活が困窮し、不遇の晩年を過ごしたという解説が付されていました。先住民問題に直面する豪州の地で、敢えて自らの影の部分に光を当てるフランス人の懐の深さに感心したものです。

作品名:「頭、お腹、尻尾」

制作中のウラジオストクの絵

アトリエの筆とパレット

一方は民俗服、他方は西洋風の服のタヒチ女性。ゴーギャンは西洋化に反発した。
T.M.

作品名:「頭、お腹、尻尾」

制作中のウラジオストクの絵

アトリエの筆とパレット

一方は民俗服、他方は西洋風の服のタヒチ女性。ゴーギャンは西洋化に反発した。