浦潮だより:民族多様性
令和7年12月8日
パルチザンスクのレーニン像
浦潮だより:民族多様性
令和7年12月8日
11月23日、パルチザンスク市で開催された第12回国際民族フェスティバルにお招きいただきました。パルチザンスクは、ウラジオストクから東へ170kmの山中にある、かつてスーチャン(蘇城)と呼ばれた町です。前世紀に町の発展を支えた炭鉱は今では閉鎖され、主要な産業は水力発電や家具製造などに移ったと聞きました。ロシア革命後の内戦の際、ボリシェビキ政権を支持するパルチザンの活動拠点だったことが市の名称の由来です。
ウズベク料理
折紙教室
さて、第6学校の校舎で開催されたこのフェスティバルでは、ロシアのほか、日本、韓国、インド、ウズベキスタン、アルメニア、ウクライナ、ベラルーシ、ブリヤートといった民族の衣装、歌、踊り、食べ物が披露されていました。ウズベク・ハウスで食べた葡萄、コリア・ハウスで食べたお餅がおいしかったです。また、食堂でのランチの際、お隣の席から、「あなたは北と南、どちらのご出身ですか?」と尋ねられて、この町におけるコリア・コミュニティーの存在の大きさを実感しました。焚き火で過ごす冬のタイガ体験にもお誘いいただきましたが、残念ながら私はアウトドア派ではないため、関心のある知人にお譲りしようと思います。

コンサート

コンサート
メルボルンの街
様々な人が行き交う中華街
ちなみに、前任地の豪州も多民族国家でした。国営テレビABCが毎朝流す広告ソングの“We are one, but we are many. We are Australians♪” という歌詞が頭から離れません。英国からの移送受刑者が切り拓いた豪州大陸。その後、ドイツ、イタリア、アジア諸国、中東諸国など、多くの地域から移民を受け入れてきました。現在のアンソニー・アルバニージー首相の父はイタリア人、ペニー・ウォン外相はマレーシア生まれの中華系というように、政治指導者のルーツも様々ですが、それが見事に調和しています。また、豪州名産のワインを例にとっても、ドイツ移民が持ち込んだリースリング種の葡萄が、今や豪州を代表する白ワインとなっていることをワイナリー・ツアーで知って、感心したものです。
特に印象深かったのは、メルボルンにある移民博物館でした。戦争や災害、経済的苦境のため祖国から逃れてきた移民の歴史が展示されており、日本人移民のコーナーもありました。旅行鞄や靴、人形、民族衣装などの持ち物が、悲劇と心の傷の深さを物語ってくれます。傷を負った人々が寄り添って作った共同体だからこそ、特別な優しさがあるのでしょう。
ふと思い出したのは、日本語を流暢に話すロシアの友人が日本留学中、クリーニング店できちんと日本語で名乗って話したのに、預かり証に「ガイジン」と書かれていて寂しかったと話していたことです。パルチザンスクの民族フェスティバルで人々が和気藹々と盛り上がる姿を見ながら、相互理解と寛容について教わった気がしました。
ふと思い出したのは、日本語を流暢に話すロシアの友人が日本留学中、クリーニング店できちんと日本語で名乗って話したのに、預かり証に「ガイジン」と書かれていて寂しかったと話していたことです。パルチザンスクの民族フェスティバルで人々が和気藹々と盛り上がる姿を見ながら、相互理解と寛容について教わった気がしました。
T.M.