浦潮だより:長崎大学

令和8年10月27日
大学構内の原爆慰霊碑

浦潮だより:長崎大学

 令和8年10月27日
 

かれこれ30年近いお付き合いとなった岩下明裕・北海道大学特任教授が、現在、長崎大学グローバルリスク研究センター長を務めておられるご縁で、一時帰国の際、長崎大学での講演に招いて頂きました。現場主義の岩下教授らしく、私の到着後、早速、キャンパス周辺の被爆遺構を案内してくださいました。長崎大学の前身は、医師だった私の祖父の母校・長崎医専(医学専門学校)です。祖父が通った頃の長崎の街を想像しながら歩きました。
 

三菱兵器工場の標柱     
犠牲者の氏名が刻まれた石碑
文教キャンパスの敷地は、原爆が落とされた当時、三菱の魚雷製造工場でした。爆風に耐えて残った三菱長崎造船所船型試験場のコンクリート壁面の傾きが、爆風のすさまじさを物語っていました。今もキャンパスの隣にある三菱重工寮の一隅には、工場で働いていて原爆の犠牲となった人々の名前が刻まれた慰霊碑があります。その多くは女性でした。動員された女学生達の命が、一瞬で奪われた現実が胸に迫りました。
爆風に耐えた船型工場
さて、講演では、ウラジオストクと日本の関わりについて、歴史を遡ってお話ししたのですが、その際、一つのたとえ話として、最近読んだ「教養としての猫」という本を紹介しました。ずっと「イヌ派」を自認してきた私ですが、公邸の周りで猫を沢山見かけることから興味をもって、この本を読んだところ、今まで知らなかった猫の特性がいろいろあります。初対面の猫を正面からじっと見つめると怖がらせてしまうこと。最初は指一本で顔の周りを触るべきで、いきなり背中や尻尾の付け根を触ると嫌がられること。仲良くなった猫が、急にごろんとお腹を見せるときは、「気持ちいいからお腹も撫でてほしい」という場合と、「しつこいな。これ以上触ると攻撃するぞ」という場合があること等々。動物に限らず、国の場合も、いろいろな特性があります。日本には日本の、ロシアにはロシアのセンシティビティーがあり、隣国がお互いを理解することは非常に大切なことだと思います。そうしないと、思わぬところで喧嘩になるかもしれません。ですから、ロシア語を学び、ロシアの人々を知っている次世代の日本人を育成することは必要だと思うのです、と話しました。それを受けて、岩下教授が、「自分たちで猫に関する辞典を作るべし、ということですね」と的確にまとめてくださいました。
長崎電鉄のカラフルな車両
長崎電鉄のカラフルな車両
セミナーの翌日、復旧された出島の遺構をゆっくり散策しました。江戸時代に鎖国していた日本が、オランダとの貿易を行うために、区画を限定してオランダ商人の居住を許していた地区です。明治維新後は、ニコライ皇太子が訪日日程の最初に長崎に寄港するなど、ロシアと長崎にも長い交流史があります。世界に開かれたゲートウェイとして長崎が果たしてきた使命を振り返る旅となりました。
                                                                                  
毛利忠敦
出島
オランダ商人の食卓を再現した展示

オランダ商人の食卓を再現した展示