浦潮だより:鉄道、文学、海運の交わり
令和7年4月25日

浦潮だより:鉄道、文学、海運の交わり
令和7年4月25日
かつて東京・広尾に「羽澤ガーデン」というレストラン・宴会施設がありました。1915年に南満州鉄道二代目総裁の中村是公(なかむら・よしこと)氏が自宅として建てた和洋折衷の家屋で、私もお世話になったことがあります。大正時代を彷彿とさせる建物に不思議と心を惹かれました。将棋や囲碁の名人戦など、数々の名勝負の舞台となったそうですが、2011年に取り壊され、今はマンションが建っています。
ウラジオストクがシベリア鉄道の起点として歴史を刻んできた関連で、当地では「満鉄が残したものは何だったか」と思うことがあります。1909年10月、伊藤博文・元総理大臣がハルビン駅で撃たれた時、すぐ隣にいたのが中村是公・満鉄総裁。伊藤はロシア蔵相ウラジーミル・ココフツォフと会うためハルビンを訪れていたのでした。


そこで4月の一時帰国の際、思い立って雑司ヶ谷霊園にある中村是公のお墓をお参りしてきました。この霊園には中村の親友だった文豪・夏目漱石も眠っています。漱石は中村の招待で1909年9月に満州を訪問し、その経験を「満韓ところどころ」に発表しました。また、日本に帰化したアイルランド系作家、ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲とその妻セツの墓も同じ霊園にあります。霊園を訪ねた数日後、富山大学の図書館で小泉八雲コーナーを偶然に見つけて驚きました。北前船の豪商・馬場家がハーンの蔵書を買い取って「ヘルン文庫」(ハーンは当時ヘルンと呼ばれた)として富山大学に寄贈した縁にちなみ、本年3月、駐日アイルランド大使が小泉八雲関連の書籍・資料約300点を新たに寄贈されたそうです。


江戸時代の北前船以来、海運の要として発展してきた富山は、今やロシア向け中古車の輸出拠点となっています。富山港から遠くに見える立山連峰の神々しさには息を飲みました。沿海地方の方々には、ぜひ姉妹県の富山を訪ねて、名物のお寿司をご賞味いただきたいです。
さて、ハーンは松江の中学校で英語教師を務めた後、熊本の第五高等中学校(現在の熊本大学)に赴任します。そこで彼を迎えたのは、当時校長だった嘉納治五郎でした。ハーンは嘉納が学生達に指導していた柔道の魅力、「柔よく剛を制す」極意に感銘を受け、エッセイを書いて欧米に伝えました。今日、ウラジオストクには、ロシア柔道の祖であるワシーリー・オシェプコフに嘉納治五郎が黒帯を授ける姿の銅像があります。黄金橋のたもとにある銅像の周辺は、市民の憩いの場になっています。

そういえば、2025年度後期のNHK朝ドラは、小泉セツを主人公にした「ばけばけ」に決まったそうです。近代日本と欧州の交わりがどのように描かれるのでしょうか。また、ハーンが嘉納と出会い、柔道に魅了されるシーンも出てくるでしょうか。今からワクワクします。